カレーに関する5つのデマその5 よこすか海軍カレー:悪質なデマを流す横須賀市

カレーに関する5つのデマその5 よこすか海軍カレー:悪質なデマを流す横須賀市

 

 

 カレーに関する5つのデマの最後は、よこすか海軍カレーです。いままで取り上げてきたカレーに関するデマの中でも、その悪質さにおいて水野仁輔さんの「幻の黒船カレーを追え」に比肩するものです。

 

 もし、以下のような話を聞いたら、皆さんはどう思われるでしょうか?

 

「ある外国の都市が、最近になって突然、握り寿司をその都市の名産品とアピールしはじめた。その都市の役所によると、握り寿司は日本で生まれたものではなく、その都市で発明されたものだという。しかしながら、その主張を裏付ける資料はまったく存在しない。」

 

 自治体が他国の文化を盗むとは、なんと民度の低い人たちだ、と思うのではないでしょうか。

 

 この他国の文化の泥棒行為を実際に行っているのが、横須賀市です。

 

 横須賀市が中心になって設立された「カレーの街よこすか推進委員会」は、公式ページで日本のカレーが生まれた経緯を次にように説明しています。

 

明治17年、海軍軍医だった高木兼寛(後の海軍軍医総監)は軍艦筑波号による航海実験を行い「兵食改革」に着手しました。イギリス海軍で提供されていたカレー風味のシチューに小麦粉でとろみを付けて、ライスにかけたメニューを軍隊食に取り入れたのです。”

 

”このときに採用されたメニューが現在の日本のカレーライスのルーツと言われています。”

 

 これは、平成11年に横須賀市が捏造した嘘です。そのような史実はありません。

 

小麦粉でとろみをつけたカレーをライスにかけて食べる文化はイギリスで生まれ、日本に持ち込まれたものです。海軍が発明したものではありません。

 

・日本最古のカレーレシピ、明治5年の「西洋料理通」「西洋料理指南」でも小麦粉でとろみをつけています。海軍御用達の西洋料理レストラン精養軒の明治時代のカレーも、このタイプのものです。

 

・明治17年の筑波号の食事メニューについての資料はありません。そこでカレーライスが食べられていたことを証明する資料もありません。

 

なぜよこすか海軍カレーは、明治17年の「カレー風味のシチューに小麦粉でとろみを付けて、ライスにかけた」レシピではなく、その24年後の明治41年に発行された「海軍割烹術参考書」にもとずいて作られているのでしょうか?それは、話のすべてが捏造された嘘で、明治17年の海軍カレーレシピなど存在しないからです。

 

イギリス海軍に”カレー風味のシチュー”という料理は存在しません。海軍だけでなく当時のイギリスにカレー風味のシチューは存在しません。日本人が思い浮かべるような「カレーによく似た」シチューは、ヴィクトリア朝のイギリスには存在しないのです。

 

 以上、詳細については次の夏コミケにおける「と学会誌41」にて説明しますが、「小麦粉でとろみをつけてライスにかける」カレーが日本の海軍ではなく、18世紀末のイギリスで確立した点については、以下のエントリを参照してください。

hikaridept.hatenablog.com

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 さて、このよこすか海軍カレーと水野仁輔さんの「幻の黒船カレーを追え」が、数あるカレーデマの中でも特に悪質なデマであるとする理由は以下の2点にあります。

 

1.自分の利益のために、明確な悪意をもって嘘をついている。

 

2.自分の利益のために、泥棒行為を行っている。横須賀市はイギリスの文化を盗み、水野仁輔さんは他人の著作を盗作している。

hikaridept.hatenablog.com

 

 しかし、盗作と捏造の詐欺本「幻の黒船カレーを追え」にも、評価すべき点が1点だけあります。

 

 幻の黒船カレーを追えにおいて、水野仁輔さんは呉を訪ねます。そこには横須賀海軍カレーのブースがあり、”横須賀商工会議所で海軍カレーの担当をしている職員”から水野さんはこんな話を聞きます。

 

「我々は長いこと海軍カレーの取り組みをしていますが、正直言って、そのルーツに関しては、誰も踏み込んで理解している人はいないんです」

 

 横須賀商工会議所は、横須賀市とともに平成11年に「カレーの街よこすか推進委員会」を立ち上げた主体です。

 

 その横須賀商工会議所の海軍カレー担当者が「正直言って、そのルーツに関しては、誰も踏み込んで理解している人はいないんです」と証言するということは、高木兼寛だの筑波号だのイギリス海軍のカレー風味のシチューだのが、捏造された嘘だと告白するのと同じことです。

 

 水野さんは、このことに気づかず、当人の許可もとらずに秘密の会話をばらしてしまいます(担当者の名前を忘れているということは、本に書くことの許可も取っていないのでしょう)。

 

 水野さんは期せずして、よこすか海軍カレーという平成11年に捏造された嘘を暴いてしまったのです。

 

 「幻の黒船カレーを追え」は嘘や捏造だらけの悪質な本ですが、3年前からよこすか海軍カレーのデマを追求してきた私にとっては、この横須賀商工会議所の海軍カレー担当者の証言一つだけで、もとが取れたと思っています。

カレーに関する5つのデマその4 日本郵船とカレーに関するデマ

カレーに関する5つのデマその4 日本郵船とカレーに関するデマ

 

 日本郵船は、自社のコックがドライカレーを発明したと主張していますが、これはデマです。ドライカレーは19世紀の料理書に頻出する、イギリスの古典的カレーです。

open.mixi.jp

 

 これは単に知識不足からくる勘違いだと思うので、早めに撤回した方がいいと思います。大企業としてのコンプライアンスというものがあるでしょうし、悪意はないとはいえ「他国の文化を盗む行為」ですので。

 

 日本郵船とカレーといえば、福神漬のエピソードがあります。カレーに福神漬をつけたのは、日本郵船がはじめてというものです。

 

 デマとは断定できませんが、その信憑性には疑問がつきます。

 

 まず、日本郵船側に「カレーに福神漬をつけていた」ことを示す資料が存在しません。

 

 1983年発行の「にっぽん洋食物語」(小菅桂子著)には、最初にカレーに福神漬をつけたのが日本郵船の一等食堂という話がでてきます。ただし、根拠や資料の提示はありません。

 

 小菅さんは2002年発行の「カレーライスの誕生」で再度この件をとりあげます。

 

”かつて日本郵船の広報室に問い合わせたところ、たしかにきっかけは日本郵船の一等食堂である、との答えを得たことがある。”

 

 「にっぽん洋食物語」における一等食堂の福神漬の話の出所は、日本郵船の広報でした。一等船客用のチャツネがなくなったので代用品として福神漬を出した、という話も日本郵船の広報が出所だったそうです。

 

 ではその元ネタは何かと日本郵船歴史資料館にたずねたところ、酒悦のパンフレットが出てきました。元ネタは酒悦のパンフレットで、日本郵船側に資料はなかったのです。ただし、チャツネの話は酒悦のパンフレットにも出てきません。

 

 2000年に発行された別冊サライのカレー特集号で、松浦祐子さんが「脇役賛歌 福神漬VSラッキョウ」という記事を書いています。

 

 松浦さんは日本郵船には福神漬の缶詰を積んだ記録はあるが、カレーに福神漬がついていたという記録は見つけられなかったそうです。

 

 松浦さんは、大正時代の日本郵船の船においてカレーに福神漬がついていたという証言があると書いていますが、その具体的内容についての記述はありません。誰が証言しているのか、どのような資料にそれが載っているのかについての情報すら書かれておらず、信憑性に難があります。

 

 ひょっとすると1985年に放映が開始された「謎学の旅」というテレビ番組における証言のことかもしれません。これについてはと学会誌39号掲載の「福神漬とカレーライス」でとりあげましたが、日本郵船においてカレーに福神漬がついていたことを裏付ける証言ではありません。可能性はありますが。

 

 いずれにせよ、日本郵船側に「カレーに福神漬をつけていた」ことを示す資料が存在しないことは確かなようです。

 

 小菅桂子さんによると、日本郵船福神漬の話は、元をたどると日本郵船ではなく酒悦にたどり着くらしいのです。

 

 それでは酒悦は何を根拠に主張しているのか。小菅さんによると、酒悦の近所にあるステーキ屋の主人の話が根拠になっているそうです。

 

 大切なことなのでもう一度いいます。日本で初めてカレーに福神漬を付けたのは日本郵船である、という根拠は、酒悦の近くのステーキ屋の主人の証言しかありません。日本郵船側には、証拠がないんです。

 

 このステーキ屋の主人は西さんという人で、かつて日本郵船の欧州航路のコックをしていたそうです。一等食堂は福神漬、二等三等は沢庵という話は西さんの証言によるものです。

 

 ただし、それがいつの話なのかは書いていません。酒悦のパンフレットには明治35、6年頃に日本郵船でカレーに福神漬をつけたという話が載っているそうですが、それが西さんの証言によるものかもわかりません。なぜ西さんは日本郵船が最初にカレーに福神漬をつけたと判断したのか、その理由もわかりません。

 

 一等船客用のチャツネがなくなったので代用品として福神漬を出した、という日本郵船の広報の話については、酒悦側にもその証拠はありません。これはデマ確定でしょう。

 

 このように、日本郵船福神漬の話は、その信憑性にいろいろと疑問符がつくのです。

 

 さて、これまでの話は「初めて」カレーに福神漬をつけたのは日本郵船であった、という話です。これについては信憑性に疑問がありますが、かといって否定する根拠もありません。

 

 これとは別に、カレーに福神漬をつける習慣は日本郵船から広がったという説がありますが、これはデマです。詳しくはと学会誌39号掲載の「福神漬とカレーライス」を参照してください。

http://www.togakkai.com/bn/

 

カレーに関する5つのデマその3 阪急百貨店の小林一三関連エピソードのデマ

カレーに関する5つのデマその3 阪急百貨店の小林一三関連エピソードのデマ

  

 さて、「カレーライスと日本人」を書いた森枝卓士さんは、「明解簡易料理法 The Art of Cookery made Plain and Easy」の発行年1747年を1774年と間違えて、ヘイスティングデマの拡散に貢献してしまいます。

 

 その森枝さんが監修した、子供向けの学研の本「みんな大好き!カレー大百科―カレーのはじまり物語」が出版されたのは去年、2016年なのですが

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 1774年……「カレーライスと日本人」を書いた1989年から27年も経過したのに、まだ「1747年」を「1774年」と間違えている……。

 

 それどころかC&Bがカレー粉を発明したという古典的デマまでも載っています。

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 なんでも森枝卓士さんは、盗作と捏造の詐欺本「幻の黒船カレーを追え」を新聞の書評で推薦していたそうで。

 

 子供向けのカレー入門本にデマを載せるは、水野仁輔さんの詐欺の片棒をかつぐはで、ことイギリスのカレー史に関してはデマを拡散させるばかりのお仕事ぶりですね。

 

 さて、森枝卓士さん監修の学研の本におけるデマはイギリス関連だけではありません。

 

 このシリーズの続き「みんな大好き!カレー大百科―カレーの日本上陸」には、阪急百貨店創立者小林一三が海外航路のカレーを研究して百貨店に持ち込んだと書かれています。

 

”百貨店の開業前に、ヨーロッパを旅する船の中でカレーを食べたことがきっかけになり、百貨店の食堂のメニューにカレーを取り入れられないかと考えました。そこで、さっそく船のコックからおいしいカレーのつくり方を教わり、研究をはじめたといわれています。”

 

 小林一三と阪急百貨店のライスカレーについての逸話は、この「外国航路のカレーを研究して持ち込んだ」パターンと、「外国航路でカレーに福神漬をつけることを学んで持ち込んだ」パターンの2パターンがあります。

 

 NHKの「妄想ニホン料理」は後者の福神漬パターンです。

https://datazoo.jp/tv/%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%83%8B%E3%83%9B%E3%83%B3%E6%96%99%E7%90%86/826793


明治35年ごろ、ヨーロッパに向かう貨客船のシェフがカレーの付け合せとしてチャツネの代わりに乗せたところ、それを実業家の小林一三が大変気に入り経営するデパートの食堂で出して評判に。そこから定番となった。”

 

 この2つの逸話、いずれもデマです。

 

 梅田に阪急百貨店が開店したのは昭和4年。昭和4年の時点で小林一三は日本から出たことはなく、外国航路の船に乗ったこともありません。

 

 小林一三が生涯で初めて外国航路の船に乗ったのは昭和9年。阪急百貨店ではそれ以前からライスカレーをだしていましたし、そこに福神漬もついていました。つまり阪急百貨店開店時のライスカレー福神漬も、外国航路とは関係ありません。

 

 福神漬についてさらにいえば、ライスカレーだけでなくステーキにもカツレツにも、付属のライスには全てつきました。興味のある方は”ソーライス"で検索してください。

 

 しかもそれは阪急百貨店独自の風習ではなく、三越などの東京の百貨店を含めた一般的な慣習だったのです。

 

 福神漬が”カレーにのみ”つくようになったのは第二次世界大戦後の話です。

 

 詳しくはと学会誌39号掲載の拙稿、「福神漬とカレーライス」を参照してください。
http://www.togakkai.com/bn/

 

カレーに関する5つのデマその2 イギリスにカレーを伝えたのはヘイスティングス提督ではありません

カレーに関する5つのデマその2 イギリスにカレーを伝えたのはヘイスティングス提督ではありません

 

 2つめのデマは、イギリスにカレーを伝えたのが初代インド総督・ヘイスティングスであるというデマです。

 

 盗作と捏造の詐欺本「幻の黒船カレーを追え」には以下のように書かれています。

 

 ”インドからイギリスにカレーが伝わったのは1770年代前半頃だと言われている。イギリス東インド会社が植民地として支配していた。後に初代ベンガル総督となるヘイスティングスがカレーの原料と米を持ち帰り、それをもとにカレー粉が発明され、やがてはヴィクトリア女王にも献上された。”

 

 ところがその続きにはこう書かれています。

 

 ”1747年にイギリスで書かれた「明解簡易料理法」にあるカレーのレシピは、イギリスで最古のカレーのレシピと言われている。”

 

 1770年代前半に伝わったカレーのレシピが、1747年発行の料理本に書かれている!?時をかけるカレー!?

 

 水野さん、自分で書いていておかしいとは思わなかったのでしょうか?

 

 もっとも、1877年に生まれたブリティッシュカレーが、1868年の”明治維新のころ、イギリスから日本に伝わった”という珍説=デマを披露する水野さんのことですから、単に何も考えていないだけなのかもしれません。

hikaridept.hatenablog.com

 

 最古のカレーレシピが書かれた本が出版されたのは1747年。その時点で、ヘイスティングスはまだインドに行っていません。これについては、漆原次郎さんの考証を参照してください。

jbpress.ismedia.jp

 というわけで、イギリスにカレーを伝えたのはヘイスティングス提督というのはデマです。「インドカレー伝」(リジー・コリンガム)によると、インド駐在の東インド社員達が手紙を使って、あるいはイギリス帰国時にカレーを伝えたということです。

 

 さて、このヘイスティングデマ、C&Bがカレー粉を発明したというデマと同じく、日本国内にのみ流れているデマ、つまり、日本人が日本人を騙すために捏造したデマと思われます。英語圏では聞かないデマなんです。

 

 誰がこのデマを作ったのかは不明ですが、このデマの検証に失敗したのが、「カレーライスと日本人」を書いた森枝卓士さんです。

 

 森枝さんは1747年発行の「明解簡易料理法 The Art of Cookery made Plain and Easy」を”大英図書館にこもってみつけだした”のですが、発行年の1747年を1774年と間違えてしまいます。

 

 以下は大英図書館によるThe Art of Cookery made Plain and Easyの紹介。1747年になっていますね。

The Art of Cookery

 

 森枝さんはヘイスティングデマを明確に否定するチャンスを、凡ミスにより失なってしまったわけです。それどころか、”1772年に持ち込まれたものが、74年刊行の本に記されているのは自然なことではある”と、デマにお墨付きを与え、デマの拡散に貢献してしまったのです。

カレーに関する5つのデマその1 カレー粉を発明したのはC&Bではありません

 カレーに関する5つのデマその1 カレー粉を発明したのはC&Bではありません

 

 これから「カレーに関する5つのデマ」を一つずつ取り上げていきたいと思います。

 

 つめのデマが、イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル社(以下C&B)がカレー粉を発明した、というデマです。

 

 たぶんこれは、日本国内にのみ流れているデマ、つまり、日本人が日本人を騙すために捏造したデマと思われます。英語圏では聞かないデマなんですよね。

 

 これについては、盗作と捏造の詐欺本「幻の黒船カレーを追え」にも”世界で初めてカレー粉の商品販売を開始したC&B社”と書かれています。

 

 今までこのブログでは「幻の黒船カレーを追え」の盗作や数々の捏造、嘘について指摘してきましたが、息を吐くように嘘を吐く水野仁輔さんオリジナルのデマが多すぎて、このデマまでは手が回りませんでした。

 

 以下が公式ホームページにおけるC&Bの歴史。C&Bの設立は1829年です。

About us | Crosse & Blackwell

 

 以下は大英図書館の公式ホームページによる「英国における最古のカレー粉の広告」1784年です。

First British advert for curry powder

 

 つまり、C&B設立の45年前には、すでにカレー粉が販売されていたわけです。C&Bがカレー粉を発明したわけがありませんね。

 

 料理書への登場はもっと早く、1777年発行のThe Lady's Assistant for Regulating and Supplying Her table by Charlotte Masonにカレー粉を使ったカレーレシピが載っています。

 

hikaridept.hatenablog.com

 

1784年の最古のカレー粉広告については、Laura Kelleyという人がWest and Wyatt社の広告である可能性を指摘しています。理由が書いていないので真偽の程は不明ですが。

 

The Origins of Curry Powder

 

 C&BはこのWest and Wyatt社を買収して設立された会社なので、もしLauraの予想が当たっていれば、C&Bとカレー粉は関係ないこともないといえますが……そもそもこのLaura Kelleyという人、カレー粉がイギリスの発明であること自体を疑っています。

 

 確かに、カレー粉がイギリスにおける発明であるという証拠はないんですよね。インドにおける発明ではない、という証拠もありません。Lauraの問題提起は重要かもしれません。

 

 

盗作、捏造の水野仁輔さん、ラジオに出演する 2

さて、

 

”まさか中国本土にもカレー文化があるというのか。いや、あるはずがない。”

 

という水野仁輔さんの主張は、貧弱な知識と偏見からくるデマである、という話をしましょう。

 

イギリスの伝統的カレーは、イギリス領香港などを通じて、日本より先に中国に伝わりました。

 

中国におけるユニークなカレーといえば、カエルカレー。150年前の香港にはカエルカレーが存在しました。ひょっとすると、広東にも広がっていたかもしれません。

hikaridept.hatenablog.com

これが日本に伝わり、西洋料理指南の赤蛙カレーとなります。中国にはカレー文化がないどころか、中国はカレー文化における日本の先輩なのです。

 

アメリカの雑誌The Ladies' Repository1874年3月号の編集者記事に、カエルカレーを含む中国のカレーがいくつかとりあげられています(P165)。

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アメリカでこれらの”東洋のカレー”を再現したいならば、ビートン夫人かビーチャー夫人の料理本を参照せよ、とあります。

 

ビートン夫人のカレーレシピについては「カレースターの嘘にだまされないで」の1から4までを参照してください。

hikaridept.hatenablog.com

ビーチャー夫人とは、アメリカの有名な料理本Miss Beecher's domestic receipt bookを書いた人です。

 

この本(初版)には、ビートン夫人と同じく、カレー粉と小麦粉を使ったイギリス風のカレーレシピが載っています。ただし、玉ねぎもにんにくも使わず、ティーカップ一杯の炊いたご飯を肉と一緒に煮込む(そしてご飯にかけて食べる)というユニークなレシピです。

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というわけで、どうやらカエルカレーなどの当時の中国のカレーは、イギリスの古典的なカレー=カレー粉と小麦粉を使うカレーだったようです。

 

現在でも、中国には咖喱鸡という、カレー粉と小麦粉を使った古典的なイギリス風チキンカレーが存在します。昔の日本の、黄色いうどん粉カレーにそっくりです(下記レシピでは小麦粉ではなく生粉=馬鈴薯でんぷんを使っています)。

 

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www.chinacaipu.com

ただし、醤油を隠し味に使ったり、ココナツミルクを使ったり、じゃがいもを入れるあたりが古典的なイギリス風カレーとは異なります。

 

その一方で、咖喱块というカレールーを使ったレシピもあるので、イギリスや日本と同じく、中国でもカレー粉と小麦粉を使った古典的なカレーは衰退しているのかもしれません。ハウスがバーモンドカレーを売り込んだり、タイやインド風のカレールーも使われているようです。

 

このように中国には、カエルカレーや、醤油やココナツミルク、じゃがいもを使ったチキンカレーなど、イギリスのカレーにアレンジを加えた中国独自のカレー文化が存在している(していた)わけです。

 

従って

 

”そもそも中国にチャイニーズカレーなるものは存在しないはずだ”

 

”まさか中国本土にもカレー文化があるというのか。いや、あるはずがない。”

 

という「幻の黒船カレーを追え」の記述は、水野仁輔さんが調べもせずに偏見だけで書いたデタラメなのです。

 

さて、イギリスのお持ち帰り中心の小さな中華料理店で出される黄色いうどん粉カレー、chinese takaway curryあるいはchinese chicken curryとよばれるカレーは、おそらく中国移民が中国から逆輸入したカレーではないかと推測します。

 

というのも、中国本土の咖喱鸡のように、醤油やココナツミルクを隠し味に使う場合があるからです。大手スーパーTESCOの「中華お持ち帰り風チキンカレー」などはまさにそうです。

 

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www.tesco.com

イギリスでも日本でも、そしておそらく中国でも消えつつあるカレー粉と小麦粉を使った古典的イギリスカレー。それが、若干のアレンジを伴いながらも、イギリスの中華料理店やスーパーで生き残っている。面白い現象だと思います。

盗作、捏造の水野仁輔さん、ラジオに出演する 1

なぜか昨日からアクセスが増えていると思ったら、カレースター水野仁輔さんがTBSラジオ荻上チキ・Session-22に出演し、盗作と捏造の詐欺本「幻の黒船カレーを追え」を紹介していたようです。

 

ラジオを聞いて「幻の黒船カレーを追え」に興味を持たれた方もいるかもしれませんが、カレー詐欺師水野仁輔さんにだまされないように、購入する前にまずは以下のエントリを読んで下さい。

hikaridept.hatenablog.com

hikaridept.hatenablog.com

 

さて、ラジオの内容は以下のリンク先で聞くことができますが。

www.tbsradio.jp

 

これといった新しい情報はありませんでした。三ヶ月ロンドンに滞在して水野さんいうところのブリティッシュ・カレーが見つからなかった、ところがアイルランドで見つかったという「幻の黒船カレーを追え」から抜粋した内容を話しています。

 

水野さんの言うブリティッシュ・カレーとは、昔の日本の学食とかそば屋にあった、カレー粉とうどん粉の黄色く安っぽいカレーのことです。これがイギリス本来のカレーです。

 

ただし、本来のイギリスのカレーはタマネギをアメ色に炒めます。水野さんはタマネギをアメ色に炒めるのは”日本で独自に生み出された手法(カレーライス進化論P147)”と主張していますが、例によって水野さんが捏造したデマなので気をつけてください。

hikaridept.hatenablog.com

さて、ロンドンで三ヶ月間この黄色いうどん粉カレーを探しても見つからなかったという水野さんですが、水野さんが訪問した2013年当時も今も、うどん粉カレーはロンドンに存在します。ネットで検索すればすぐわかるのに、三ヶ月間も何をやっていたのでしょうか。

 

イギリスにはお持ち帰り中心の小さな中華料理店がありますが、そこのチキンカレーがまさに昔の日本の、そしてイギリス本来のうどん粉カレーなんです。リンク先はその一例です。

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http://www.brightonchinesetakeaway.co.uk/chicken-curry.html

 

 chinese takaway curry recipe、chinese chicken curry recipeで検索すると、たくさんのレシピがヒットします。隠し味に醤油やココナツを使うレシピもありますが、基本はカレー粉とうどん粉の黄色いカレーです。

 

この「お持ち帰り中国チキンカレー」、日本ではイオンにあたる大手スーパーTESCOでも売っています。やはり隠し味に醤油やココナツを使っています。

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www.tesco.com

 

 

さて、「幻の黒船カレーを追え」において、水野さんは中国にはカレー文化がないと主張します。

 

”そもそも中国にチャイニーズカレーなるものは存在しないはずだ”

 

”まさか中国本土にもカレー文化があるというのか。いや、あるはずがない。”

 

これも例によって、水野さんがろくに調べもせずに書いたデマですので気をつけてください。

 

中国本土にもカレー文化はあります。と、長くなるので続きは明日以降に。