さて、
”まさか中国本土にもカレー文化があるというのか。いや、あるはずがない。”
という水野仁輔さんの主張は、貧弱な知識と偏見からくるデマである、という話をしましょう。
イギリスの伝統的カレーは、イギリス領香港などを通じて、日本より先に中国に伝わりました。
中国におけるユニークなカレーといえば、カエルカレー。150年前の香港にはカエルカレーが存在しました。ひょっとすると、広東にも広がっていたかもしれません。
これが日本に伝わり、西洋料理指南の赤蛙カレーとなります。中国にはカレー文化がないどころか、中国はカレー文化における日本の先輩なのです。
アメリカの雑誌The Ladies' Repository1874年3月号の編集者記事に、カエルカレーを含む中国のカレーがいくつかとりあげられています(P165)。
アメリカでこれらの”東洋のカレー”を再現したいならば、ビートン夫人かビーチャー夫人の料理本を参照せよ、とあります。
ビートン夫人のカレーレシピについては「カレースターの嘘にだまされないで」の1から4までを参照してください。
ビーチャー夫人とは、アメリカの有名な料理本Miss Beecher's domestic receipt bookを書いた人です。
この本(初版)には、ビートン夫人と同じく、カレー粉と小麦粉を使ったイギリス風のカレーレシピが載っています。ただし、玉ねぎもにんにくも使わず、ティーカップ一杯の炊いたご飯を肉と一緒に煮込む(そしてご飯にかけて食べる)というユニークなレシピです。
というわけで、どうやらカエルカレーなどの当時の中国のカレーは、イギリスの古典的なカレー=カレー粉と小麦粉を使うカレーだったようです。
現在でも、中国には咖喱鸡という、カレー粉と小麦粉を使った古典的なイギリス風チキンカレーが存在します。昔の日本の、黄色いうどん粉カレーにそっくりです(下記レシピでは小麦粉ではなく生粉=馬鈴薯でんぷんを使っています)。
ただし、醤油を隠し味に使ったり、ココナツミルクを使ったり、じゃがいもを入れるあたりが古典的なイギリス風カレーとは異なります。
その一方で、咖喱块というカレールーを使ったレシピもあるので、イギリスや日本と同じく、中国でもカレー粉と小麦粉を使った古典的なカレーは衰退しているのかもしれません。ハウスがバーモンドカレーを売り込んだり、タイやインド風のカレールーも使われているようです。
このように中国には、カエルカレーや、醤油やココナツミルク、じゃがいもを使ったチキンカレーなど、イギリスのカレーにアレンジを加えた中国独自のカレー文化が存在している(していた)わけです。
従って
”そもそも中国にチャイニーズカレーなるものは存在しないはずだ”
”まさか中国本土にもカレー文化があるというのか。いや、あるはずがない。”
という「幻の黒船カレーを追え」の記述は、水野仁輔さんが調べもせずに偏見だけで書いたデタラメなのです。
さて、イギリスのお持ち帰り中心の小さな中華料理店で出される黄色いうどん粉カレー、chinese takaway curryあるいはchinese chicken curryとよばれるカレーは、おそらく中国移民が中国から逆輸入したカレーではないかと推測します。
というのも、中国本土の咖喱鸡のように、醤油やココナツミルクを隠し味に使う場合があるからです。大手スーパーTESCOの「中華お持ち帰り風チキンカレー」などはまさにそうです。
イギリスでも日本でも、そしておそらく中国でも消えつつあるカレー粉と小麦粉を使った古典的イギリスカレー。それが、若干のアレンジを伴いながらも、イギリスの中華料理店やスーパーで生き残っている。面白い現象だと思います。