盗作、捏造の水野仁輔さん、NHK探検バクモンに出演する 2

 

盗作、捏造のカレー詐欺師水野仁輔さんが、NHK探検バクモン「カレーの聖地!神田の謎」に出演してまた嘘をついていました

 

カレー詐欺師水野仁輔さんに騙されないように、まずは以下のエントリを読んで下さい。

 

hikaridept.hatenablog.com

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さて、水野仁輔さんが探検バクモンでついた嘘は、次のようなものでした。

 

>およそ150年前明治時代の文明開化とともにイギリスから伝わったカレーは当初庶民には手の届かない高級品だった。しかし関東大震災のころには国産のカレー粉が作られるようになり徐々に一般に広まり始めていたそうだ。

 http://o.x0.com/m/696372

 

東京においてカレーが徐々に一般に広まり始めたのは、水野さんがいうような関東大震災前後ではなく、明治30年代からです。

 

明治22年生まれの作家の久保田万太郎は、中学生の頃つまり明治30年代後半に、ライスカレーなどの洋食を食べ歩いていまし(町々…… 人々……)。

 

中学生にしては「ぜいたくな、生意気な」行為であったとはいえ、当時の浅草では、中学生が背伸びをすればカレーを食べられる状況にあったのです。

 

浅草などの繁華街限定とはいえ、カレーなどの西洋料理が安く食べられるようになったのは、明治30年代から東京に増殖した洋食屋台のおかげでした。


明治39年浅草生まれの寺村紘二は、小学6年つまり大正3年になると洋食屋台で8銭のライスカレーを食べるようになったといいます(浅草の小学生)


作家の吉川英治は、大正10年から14年にかけて新聞社に務めていました。「折々の記」には、安月給社員時代の食事についての記述があります。

 

”ぼくもまた、馳出し記者時代には、牛めし深川めし、三好野の強飯など迄、およそ、いかに安く、うまく、かつ滿腹するかに、苦心經營したものだつた。東京中の一品屋のライスカレーを食ひくらべ、どこの屋臺が最も安くて美味いかも知つた。

 

一品屋、つまり洋食屋台のカレーは、牛めし深川めしに並ぶ「安くて満腹になる」食事でした。

 

明治30年代後半になると、屋台だけでなく店舗形式で安い洋食を出す、大衆的な洋食屋が一部地域で盛んになります。

 

そして神田は、そのような大衆的洋食店が明治30年代から展開する、洋食大衆化の先進地域だったのです。