盗作、捏造の水野仁輔さん、NHK探検バクモンに出演する 4

 

盗作、捏造のカレー詐欺師水野仁輔さんが、NHK探検バクモン「カレーの聖地!神田の謎」に出演してまた嘘をついていました。

 

カレー詐欺師水野仁輔さんに騙されないように、まずは以下のエントリを読んで下さい。

hikaridept.hatenablog.com

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さて、水野仁輔さんが探検バクモンでついた嘘は、次のようなものでした。

 

>およそ150年前明治時代の文明開化とともにイギリスから伝わったカレーは当初庶民には手の届かない高級品だった。しかし関東大震災のころには国産のカレー粉が作られるようになり徐々に一般に広まり始めていたそうだ。

 

例によってこれはカレーの歴史に無知な水野さんが捏造した嘘。明治30年代以降の東京においては、洋食屋台で安くカレーが提供され、明治の末には神田などの学生街で学生が日常的にカレーを食べていました。

 

今日は、神田や本郷における洋食の大衆化についてさらに詳しく見ていきます。

 

明治38年の月刊食道楽に、「妙なうまい物案内」という連載がありました。その連載5回目に、神田と本郷の洋食屋が取り上げられています。

 

当時の神田神保町、まさに現在のカレーの聖地に、「おとわ亭」という格安西洋料理屋がありました。値段は三銭均一。物価の文化史によると明治37年のかけそばが2銭、明治39年が3銭5厘ですから、西洋料理がかけそばと同じ安い値段で食べることができたわけです。

 

その味については「あまり美味くは無かつた」そうで、値段相応といったところだったのでしょう。

 

このおとわ亭、本郷や牛込神楽坂に支店を持っていたそうです。チェーン展開ですね。支店を増やして仕入れコスト等を下げていく方式、現在のファミレスなどの元祖とも言えるかもしれません。

 

このおとわ亭のビジネスモデルをまねたのが、大正半ばからチェーン展開を行った本郷バー、さらに震災後に起業した須田町食堂(現聚楽)などのチェーン店です。

 

大正から昭和初期に、レストランやカフェーなどの外食コングロマリットを形成した本郷バーの始まりも、神田神保町でした。明治42年に、創設者岡本正次郎が雇われコックから独立して開いた、7銭均一洋食小川軒がその始まりです。

 

不幸にして小川軒を火災で失った後、岡本正次郎は本郷に店を構えました。だから「本郷バー」なのですね。その後岡本正次郎は本郷バーのチェーン展開をきっかけに、巨万の富を築きました。

 

というわけで、戦前の神田神保町は、カレーの聖地ならぬ格安洋食の聖地であり、チェーン店の聖地でもあったわけです。

 

ではそれが現在のカレーの聖地につながったのかというと、多分関係ないのではないでしょうか。

 

水野仁輔さんというカレー詐欺師の嘘にだまされたがゆえに、関東大震災と神保町のカレーの関係という間違った方向性に迷い込んだNHK。

 

天下のNHKなんですから、水野仁輔さんのような知識のない虚言癖の持ち主ではなく、森枝卓士さんあたりをつれてくればいいのに、と思います。まだまだ続きます。